2006年12月24日

種苗法における権利濫用の抗弁

事件番号 平成18(ネ)10059
事件名 種苗生産・譲渡行為差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成18年12月21日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 佐藤久夫

『1 品種登録が種苗法3条1項1号に違反してされたことを抗弁として主張することの可否について被控訴人は,ホクト2号が種苗法3条1項1号所定の品種登録の要件を欠いているので,その品種登録は無効であり,したがって育成者権の行使はできない旨主張する
種苗法に基づく品種登録(同法18条1項)は農林水産大臣が行う行政処分であり,農林水産大臣は,出願品種が@同法3条1項(区別性,均一性及び安定性の具備),A同法4条2項(未譲渡性の存在),B同法5条3項(育成者複数の場合の共同出願),C同法9条1項(先願優先)又はD同法10条(外国人の権利享有の範囲)の規定により,品種登録をすることができないものであるときは,品種登録出願を文書で拒絶しなければならない旨定める(同法17条1項1号)とともに,品種登録が上記@ないしDの規定に違反してされたことが判明したときは,これを取り消さなければならず(同法42条1項),品種登録が取り消されたときは,育成者権は品種登録の時にさかのぼって消滅したものとみなされる(同法42条4項1号)ところ,育成者権に基づく権利行使に対して,品種登録の取消しを経ることなしに,品種登録の要件を欠くことを抗弁として主張し得るかが問題となる。
 ところで,特許権に関しては特許無効審判を経なくても,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは,特許権者は特許権の侵害に係る訴訟において相手方に対してその権利を行使することができないとされており(特許法104条の3第1項),この規定は実用新案権,意匠権,商標権の侵害訴訟にも準用されているが,種苗法の育成者権の侵害訴訟には準用されていない。しかし,これは種苗法が特許法のような独自の無効審判制度を設けていないことによるものと考えられるが,種苗法においても,品種登録が上記@ないしDの規定に違反してされたものであり,農林水産大臣により取り消されるべきものであることが明らかな場合(農林水産大臣は,品種登録が上記@ないしDの規定に違反してされたことが判明したときはこれを取り消さなければならないのであって,その点に裁量の余地はないものと解される。)にまで,そのような品種登録による育成者権に基づく差止め又は損害賠償等の請求が許されるとすることが相当でないことは,特許法等の場合と実質的に異なるところはないというべきである。けだし,上記@ないしDの規定に違反し,取り消されるべきものであることが明らかな品種登録について,その育成者権に基づいて,当該品種の利用行為を差し止め,又は損害賠償等を請求することを容認することは,実質的に見て,育成者権者に不当な利益を与え,当該品種を利用する者に不当な不利益を与えるものであって,衡平の理念に反する結果となるし,また,農林水産大臣が品種登録の取消しの職権発動をしない場合に,育成者権に基づく侵害訴訟において,まず行政不服審査法に基づく異議申立て又は行政訴訟を経由しなければ,当該品種登録がその要件を欠くことをもって育成者権の行使に対する防御方法とすることが許されないとすることは,訴訟経済に反するといわざるを得ないからである。
 したがって,品種登録が取り消される前であっても,当該品種登録が上記@ないしDの規定に違反してされたものであって,取り消されるべきものであることが明らかな場合には,その育成者権に基づく差止め又は損害賠償等の権利行使(補償金請求を含む。)は,権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である(最高裁判所平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照。なお,品種登録に重大かつ明白な瑕疵がある場合には,育成者権に基づく侵害訴訟においても,当該品種登録の当然無効を主張することができると解されるが,行政処分の当然無効は,行政処分時において重大かつ明白な瑕疵がある場合に限られるところ,当該品種登録が上記@ないしDの規定に違反してされた場合に,仮にそれが重大な瑕疵に当たると解し得るとしても,その瑕疵が品種登録時において常に明白であったとは限らないから,上記@ないしDの規定に違反してされた品種登録が常に当然無効であるとまではいえない。本件において,被控訴人は,ホクト2号の品種登録時において種苗法3条1項1号に違反することが明白であったことまでを主張立証するものではなく,被控訴人の前記主張は,種苗法3条1項1号所定の品種登録の要件を欠いていることを理由に,ホクト2号の育成者権の行使の権利濫用を主張する趣旨を含むものと解されるところ,このように解することについては,控訴人も争っていないと認められる。)。』

『「同一の品種」と「特性により明確に区別されない品種」とを区別して規定していることからすると,同法3条1項1号の「公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されること」の「他の品種」には「同一の品種」は含まれないと解されないでもない。
しかしながら,種苗法の目的は,品種の育成の振興と種苗の流通の適正化を図り,もって農林水産業の発展に寄与すること(種苗法1条)にあるから,出願品種と客観的に同一の既存の品種が公然知られたものとなっている場合には,品種の育成の振興という観点からは,もはや出願品種について品種登録出願をした者に育成者権という独占権を与える必要はないばかりか,かえって,これに独占権を認めることは,すでに公然知られた状態となった品種の流通が妨げられ,種苗の流通の適正化という種苗法の目的に反することになることは明らかであって,同法3条1項1号がそのような場合について品種登録を許容していると解することはできず,同号が「同一の品種」を含まないと解することは,種苗法の趣旨に反し相当でない。
したがって,種苗法3条1項1号にいう「品種登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されること」の「他の品種」とは,同号所定の明確区別性を判断する前提として当該出願品種と対比すべき既存の品種を意味するものであり,同号は,公然知られた既存の品種と対比して,当該出願品種がその特性の全部又は一部によって明確に区別されることを品種登録の要件として定めたものというべきであって,出願品種が,公然知られた既存の品種と客観的に同一の品種である場合を含めて上記既存の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されるものでないときは,同号所定の品種登録要件を欠くと解するのが相当である。』

以上のとおりであるから,出願品種が,品種登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた既存の品種と客観的に同一の品種である場合には,当該公然知られた既存の品種が出願品種そのものでない限り,種苗法3条1項1号にいう「公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されること」との要件を欠き,品種登録を受けることができないというべきである。そして,出願品種が,品種登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた既存の品種と客観的に同一の品種である場合において,なおそれが種苗法3条1項1号の要件を備えているというためには,出願者又は育成者権者において,当該公然知られた既存の品種が出願品種そのものであることを立証しなければならないというべきである。けだし,品種登録出願前から公然知られた同一の品種について,それが出願品種そのものであるといえないにもかかわらず,育成者権という独占権を認めることとなれば,取引の安全が著しく害されることは明らかであり,また,品種登録出願前に出願品種の種苗等を譲渡するなどした出願者又は育成者権者に対し,公然知られた既存の品種が出願品種そのものであることについて立証の負担を課するものとしても,酷であるとはいえないからである。』
posted by ごり at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 種苗法